アメリカで体験したお別れ

メルハバ~。
たまにはトルコ語でも聞こうかな~。
まったく馴染みのないトルコ語。
でも、最近街を歩いていると“ケバブ”のお店が、
ここにも。。。あそこにも。。。
増えていますね。

そういえばインドやネパールのカレー屋さんも増えています。
私の住んでる街は下町のような小さな街なのに、
2件もあります。
「ナマステ~!」と挨拶すると必ず、
「ナマステ~」と気持ちよく返してくれます。

挨拶だけはどんなことばでもすぐ出てきます。
会うたびに挨拶してると、お友だちのように思えてきます。

我が家で音楽のように流れている多言語が、
楽しい“人との出会い”につながっています。



私は3年前の夏、アメリカにホームステイに行きました。
当時娘たちは、6年生と3年生と幼稚園でした。

一ヶ月という決して短くはない期間、
子どもを置いて家を留守にするなんて出来るの!?
とよく聞かれましたが、私にとっては
“今しかないチャンス”でした。

“今しかないチャンス”の今というのは、

夫は休みもままならないくらいの忙しさ、
実家は離れているし、両家の両親ともに働いているので、
もちろんあずけてお願いしま~すなんてことも出来ません。

それでも、みんなが元気であること
3人の子どもたちの生きる(生活する)力がついているということ
この二つがそろった“今”だから旅立てると思いました。

夫や子どもたちに話した時、
誰もが「いいね、行っておいでよ」という答えでした。

どこまで前向きな人たちなんだろ~と思いましたが、
家族みんなでヒッポをやっていなかったら、
きっとあり得ないことであり、
想像もできない事だったと思います。

やるかやらないかであるなら、
どんなことでも間違いなく、
やる!であり、

出来るか出来ないかなら、
どうやったら出来るか?を考える。

そんなスタンスが知らず知らず、
環境の中で育っていました。
私だけに育ったこのではなく、家族みんなの中に。。。

環境をつくっていくということは、
難しいことではないけれど、
決してあるものではありません。
14年前“やってみよう”という一歩がなかったら、
すべて起きなかったことです。



私のアメリカでの体験は、
ここには書き切れないほどありますが、
ひとつ印象に残っている出来事があります。



それはホストパパの友人の死の知らせでした。
パパやママの様子を見ていたら、
ただ事ではないことはわかりましたが、
どんな状況なのか、私にはよくわかりませんでした。
でも、一緒にお葬式に行くんだってことはわかりました。

そこから日本とアメリカの違いに、
驚くことばかりでした。

出かけるとき、服装はいつものままでした。
カードにメッセージを書き、花束を買って、
お宅に着いたときには、車がいっぱい止まっていました。

次々に会う人と挨拶を交わしているけれど、
みんな笑顔で“よく来たわね”と云ってくれるので、
誰がこの家の人で、誰が喪主になる人なのか・・・
全然わかりませんでした。

部屋の奥に入っていくと、これからパーティーでも始まるのかな?
というくらいのご馳走が並んでいました。

ドリンクや料理を片手に、
リビングに面したお庭にどんどん人が集まって、
みんなが話していました。

手の込んだサラダやお肉、チップやデコレーションケーキまで。。。
どれも美味しかったし、みんなとのおしゃべりも楽しかったけど、
誰も泣いている人がいないことに驚きました。

そして段々に状況がわかっていきました。


この家の主が亡くなったこと。
まだこの家は建てたばかりで新しいこと。
子どもたちが4人いること。


突然の死だったようです。
消防士であるご主人が、夜勤を明けて帰宅し、
ソファーで横になっていた、
そのままの状態で息をひき取ったのです。


みんなの表情、みんなのことばに耳を傾けながら、
全ての神経を使って私は想像していました。


しばらくすると、出席者全員がお庭にそろい、
椅子に座って“お別れの会”が始まりました。
司会者が、彼の生まれたときからこれまでの功績を
静かに語り始めました。

いつどこで生まれ、どんな学校に進み、
どんな仕事に着き、どんなふうに奥さんと出会い、
子どもたちが生まれてきたのか・・・彼の歴史でした。

次に友人たちが手をあげて、次々に
彼がどんな人であったか、
どんな強い男であったか、
どんなにあったかい父であったか、
彼との思い出を語り始めたのです。

私のホストパパもジョークを交えて、
彼とのエピソードを語っていました。


そこには、笑いがあり、誇りがあり、未来がありました。
涙はありませんでした。



こんなショックはありませんでした。



若すぎる突然の死がどんなに辛いことなのか、
4人の子どもたちは、まだ成人前です。
どこの国に生まれたって、その悲しさに変わりはないと思います。


でもそこに集まった人たちは、
その家族に向けて、

彼がどんな男だったのか
彼がどんな父だったのか
彼がどんな素晴らしい人間であったのか

ことばで表現し、
ことばで包んでくれていたのです。


日本の静かなお別れとは、
まったく違うお別れでした。

涙で別れを悲しむのではなく、
笑顔で亡くなった人を送るのです。


こんなお別れがあるんだってことを知りました。
私にはまだ想像できぬ世界ですが、
何を頼りに、
何を支えに生きていけばいいのか分からなくなったとき、

“ことば”で前を見つめていけるのかな。。。










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2011-10-08(Sat)
 

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じんこ☆アメリカ行ってみたくなったよ。
2011-10-13 09:27 | つめちゃん | URL   [ 編集 ]

是非一度行って下さい!!
自分の目で見て、自分で感じることが大事だよね。
旅行ではないホームステイの魅力です。
2011-10-13 11:36 | じんこ | URL   [ 編集 ]

プロフィール

じんこ

Author:じんこ
ヒッポファミリークラブ東長崎(東京豊島区)木曜日を主催するフェロウ。
趣味は多言語と模様替え。
明治や昭和初期の家具たちが持っている存在感を愛おしみながら、その力を借りて家族5人、67㎡という決して広くないマンション生活を、流れる多言語と模様替えによって豊かにしています。

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