片づけからはじまる

久しぶりに英語を流しています。

娘は今でもアメリカの家族や友達とメールのやり取りが続いています。
自分が表現したいことも、こんな感じかなって云いながら、
パパっと書きこんでる姿がうらやましいです。
以前は、そのことばや文法が間違っているか?なんてことを考えずに、
書いていたけど、最近はこう書こうかな?それともこれのほうがいいか?
などぶつぶつ云いながら書いているので、
文字での表現も広がっているんだなって思います。

私はというと、本当に年に数回のやり取りをしているだけ。。。
もともとが筆不精っていうこともありますが、
娘と私の違いは明らかです。

以前にも書きましたが、私は学生の頃英語が苦手でした。
中学校、高校、大学とずっとその教科に足を引っ張られていました。
こんなに長く学んだのに、私に植えつけられてしまったことは、
“英語がわからない”という自信です。
なんと残念な経験でしょう。。。

でも娘たちにはその“ことばの垣根”がまったくありません。

勉強しなかったこと
教えてもらわなかったこと
間違いを直されなかったこと
受け止める人がいたこと
いつも褒められていたこと

振り返ったら、
幼児がことばを獲得していく時に必要な、
大切な要素だけがありました。

私は子育てしながら、同時に自然な形で複数の言語=多言語を
習得するということに、成功してしまったのです。

子どもたちには、
ことばの壁もなければ、
国の壁もありません。

目の前の“人”がどんなことばを話すのか、
海を渡った時、どんなことばを話す“人”に出会うのか、
ことばを見つけ続け、人に出会い続ける、
ただそんな世界を、伸び伸びと生きているだけ。

もちろん私の中にある残念な経験は、いまでも負の財産として残っています。
でもだからこそ“自然な形で”と見つけ続けることが出来たのかもしれません。



これまでベットにテーブル、食器棚と数え切れないくらい
いろんな生活道具をつくってきた夫ですが、
思いもよらない“ピンポ~ン”から新作が生まれました。

マンションの消防の点検が一斉にあったある日、
そのことをまったく忘れていて、ベランダに置いてあった物を、
“ピンポ~ン”と同時に
慌ててどかさなくてはなりませんでした。

我が家からあふれた物を、物置代わりにベランダに置いていたわけですから、
それを点検の人に見られてしまっては、なんとも・・・という心境でした。
極めつけは
「上の住人の方が避難できなくなりますから、ここに物を置かないで下さい」
と厳重注意を受け、上の階に住んでいるのはお友だち、
お友だちが助からなかったらそれは大変。。。
とすこぶる反省をし、ベランダに適当にあった植物たちを整備し、荷物も移動。

IMGP3326_convert_20110831125822.jpg


見て見ぬ振りをしていた、自慢も出来ないベランダが、
気持ちのいい空間になりました。
何よりも物がないと洗濯物が干しやすい、
というあたり前のことに感動してます。

ベランダの隅に役割もなく置いてあった木製の台。
「これももういらないね」と云いながら処分しようとしましたが、
夫のつくったモノにはいろいろ思いでもあります。

ここに引っ越して来る前は、私たちは小さなアパートに住んでいました。
6畳と4畳半と小さな台所、土いじりが出来るくらいの庭には、
大きな木が3本植わっていて、その中でも柳の枝ぶりはすごかったです。
切っても切ってもすぐに枝が伸びて、
風が吹くとサワサワ~っと心地よい音が流れていました。

“今しか出来ない生活をしよう”

そんなテーマがあって選んだ古いアパートでした。

実はその前は、会社の借り上げた社宅に住んでいました。
文京区の一等地に建つ低層マンションで、100㎡を越える広さでした。
どんな感じかと云ったら、家の中で「ヤッホー」と
云いたくなるような広々とした空間でした。

みんな転勤族なのでいつかは離ればなれですが、
家を行き来するほど、みんな仲良しなマンションでした。

2、3年は住んだのかな?
はたと夫婦で話したのです。

今の住まいは借り住まい、
将来こんなところで、こんな大きな住まいを持てるわけもなく、
“人間て今ある暮らしから、それ以上は望んでも、それ以下に戻れなくなるよね”
そんな夫のひと言から


“そうだ!引っ越そう”


と発想の転換があったのです。

30代になって、普通なら自分の家でも買おうかと考えるところが、
そんな発想、当時はまったくありませんでした。


今しか出来ない暮らし・・・


ただただこの響きにわくわくしました。

あの頃の文京区は、みんなあたり前のように幼稚園受験をしているような環境でした。
そんなことは、私の生活とはまったく関係のないところにありましたが、
生まれたばかりの次女を抱き、まだ幼稚園前だった長女の手を引きながら、
毎日のように物件探しをしていました。

不動産屋さんで私が出した条件は、

家賃が安いこと
出来るだけ建物が古いこと

これだけです。
でもこれをクリアーする物件がなかなか出てこない。
「どんな物件をお探しか具体的に云って下さい」
と聞かれれば、
「窓は木枠で、柱は飴色で、お風呂はなくても構いません」
こんな答えをするのですから、
不動産屋のお兄ちゃんは

「・・・」

こんな感じでした。
気を取り直してお兄さん、
「そんな物件はありませんよ。みんな今の時代サッシですから」
ときっぱり答えてくれたものの、木枠の窓どころか、どこへ行っても
小さい子どもが一緒に入居出来るようなアパートは見つかりませんでした。

それでもあきらめず、わけのわからない注文を出し続け、
やっと出会た物件でした。

2階建のアパートで、縁側があって、庭には木戸が付いていて、
トイレは和式。白と水色の小さいタイルが千鳥格子になって可愛かったです。
お風呂は付いていました。
洗濯機はもちろん外です。
台所は私がひとり立つといっぱいでした。
流しとガス台はあるのですが、調理するようなスペースはありません。
狭くても、知恵とアイディアがあれば面白く生活出来ました。

木造のアパートは、上からも横からも声も足音も丸聞こえでした。
お隣からは楽しそうな関西弁で話す親子の会話が聞こえ、
上からは夜遅くなると男の人の声が聞こえてきました。
なんだか関係ないのに、人の気配を感じる、
まるで共同生活を送っているような感覚でした。
外に出れば近所の子どもたちと、日が暮れるまで地べたを駆け回り、
地に足をつけて生活しているような感じがしていました。
私たちの想像した“今しか出来ない暮らし”を満喫していたわけです。


今回壊そうとした台は、そのアパート時代に食洗機を置く台にしていたモノ。
しばらく眺めて、壊すのももったいないので、
鍋置きにつくり変えてもらうことにしました。
ベランダの隅で邪魔にされていたのに、生まれ変わって立派になりました。

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もちろん夫の作業スペースは“どこでも”という感じなので、
部屋の中は木くずでいっぱいです。

本当にまったく気にせず作業をしますが、
あっというまに片づけてしまうのであっぱれです。

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サラリーマンにしておくのはもったいないな~と本気で思っている私です。笑





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2011-08-31(Wed)
 

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プロフィール

じんこ

Author:じんこ
ヒッポファミリークラブ東長崎(東京豊島区)木曜日を主催するフェロウ。
趣味は多言語と模様替え。
明治や昭和初期の家具たちが持っている存在感を愛おしみながら、その力を借りて家族5人、67㎡という決して広くないマンション生活を、流れる多言語と模様替えによって豊かにしています。

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