大人になること

いわさきちひろさんが1972年に書かれものです。
いくつかある展示室の入口にありました。紹介します。

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 大人になること

人はよく若かったときのことを、
とくに女の人は娘ざかりの美しかったころのことを、
なににもましていいときであったように語ります。

けれど私は自分をふり返ってみて、
娘時代がよかったとはどうしても思えないのです。
といっても、なにも私がとくべつ不幸な娘時代を
送っていたというわけではありません。

戦争時代のことは別として、私は一見、
しあわせそうな普通の暮らしをしていました。
好きな絵を習ったり、
音楽をたのしんだり、
スポーツをやったりしてよく遊んでいました。

けれど生活を支えている両親の苦労はさほどわからず、
なんでも単純に考え、簡単に処理し、人に失礼をしても気づかず、
なにごとにも付和雷同をしていました。
思えば情けなくもあさはかな若き日でありました。

ですから、いくら私の好きなもも色の洋服が似合ったとしても、
リボンのきれいなボンネットの帽子をわかいくかぶれたとしても、
そんなころに私はもどりたくないのです。
まして、あのころの、あんな下手な絵しか描けなかった
自分にもどってしまったら、これはまさに自殺ものです。

もちろん、今の私がもうりっぱになってしまっていると
いってるのではありません。
だけど、あのころよりはましになっていると思っています。

そのまだましになったというようになるまで、
私は二十年以上も地味な苦労をしたのです。
失敗を重ね、冷汗をかいて、
少しずつものがわかりかけているのです。
なんで昔にもどれましょう。

少年老いやすく学成りがたしとか。
老いても学は成らないのかもしれません。
でも、自分のやりかけた仕事を
一歩ずつたゆみなく進んでいくのが、
不思議なことだけれど、この世の生き甲斐なのです。

若かったころ、たのしく遊んでいながら、
ふと空しさが風のように心をよぎっていくことがありました。
親からちゃんと愛されているのに、
親の小さな欠点が見えて許せなかったこともありました。

いま私はちょうど逆の立場になって、
私の若いときによく似た欠点だらけの息子を愛し、
めんどうな夫が大切で、
半身不随の病気の母にできるだけのことをしたいのです。

これはきっと、私が自分の力でこの世を渡っていく
おとなになったせいだと思うのです。
おとなというものはどんな苦労が多くても、
自分の方から人を愛していける人間になることなのだと思います。



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2011-06-08(Wed)
 

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プロフィール

Author:じんこ
ヒッポファミリークラブ東長崎(東京豊島区)木曜日を主催するフェロウ。
趣味は多言語と模様替え。
明治や昭和初期の家具たちが持っている存在感を愛おしみながら、その力を借りて家族5人、67㎡という決して広くないマンション生活を、流れる多言語と模様替えによって豊かにしています。

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