夫からのメッセージ

トイレのドアに貼ってありました。
貼ったのは夫。

夫 『読んだ?』
娘 『まだだけど、読むね』

なんの話!?

云われるまでまったく気づかない私。
たぶん1日は経っていたと思うけど、
どこに目が付いてるんだろう…私。

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少し長いですが、私にくれたメッセージ?と
思えるほど今の自分に響くものでした。

もちろん夫はそんなふうに思って
貼った訳ではありません。

勝手にタイムリーなんだよなって
思ってる私です。

みなさんはこれを読んで、
何を思いますか?

お時間のある時に
読んでみて下さい。


『教育とは燃えることなり』

「燃えない仕事仲間に火をつける
(湿った木に火をつける)には、
自分自身が燃えていないといけない」
ということ。
つまり「自分自身が燃えていなければ、
相手の心に火をつけることはできない」
ということである。

まさに『教育とは燃えることなり』である。

最近は「学校嫌い」の子どもが
増えているいわれています。
学校嫌いの子供とはつまり、
火をつけられることのないまま、
湿ってしまった木のようなものものです。

本来、学校の先生の一番の仕事は、
子どもの心に夢や志を植え付け、
人生を生き抜く力を育むことにあるはずであるが、
今は、そうした先生が少なくなりました。

勉強の教え方は上手でも、
子どもの心に火をつけられない、
燃えていない先生が増えているのです。

人生では「頭の偏差値」より
「心の偏差値」のほうが重要である。

勉強はできないよりできたほうがよいでしょうが
、いくら一流大学に合格できる
「頭の偏差値」を持っていても、
人の心の痛みがわからなければ、
その人生は決して意義のあるものとはなりません。

多少算数ができなくとも、人の心、
痛みがわかる思いやりを持ち、
誰にも明るく挨拶ができる、
そんな「心の偏差値」の高い人になれば、
きっと幸せな家庭と大きな縁に結ばれた
人生が築けるはずです。
 
それでは、どうしたら「心の偏差値」を
高めることができるのでしょうか?

「心の偏差値」は、自分の時間や労力を、
人を喜ばせるためにつかうことで高まります。
家庭であれば、幼いお手伝いの習慣をつけることです。
掃除でも食事の支度でも良いのです。
勉強より一日5分でもお手伝いをさせることで
得られる経験が将来に生きてきます。
 
打算を持たずに自己犠牲を続けられると
「心の偏差値」は高まり、それに伴って周囲にも
よい影響を与えられるようになります。

つまり、「感化力は自己犠牲に比例する」のです。
親であれ、教育者であれ、経営者であれ、
人生を導く立場にある人は、
みずから率先して自己犠牲に励み、
毎日薄紙一枚でも「心の偏差値」を
高める努力を続けましょう。
それが自身の、周囲の人の幸せにつながります。

明治以降のわが国は教育界における
『百年一出』の巨人と言わしめた小学校教師、
徳永康起先生はこう述べている。

「教育を衣食住のためにする人を教員といい、
知識・技術を授ける人を教師という。
そして、子どもの心に灯りをともす人、
これを教育者という」。

せめて現場では部下のために、教育者になろう。
湿った職場を変える⇒『燃えない周囲を嘆く前に、
まずは自分が燃えること』



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2014-05-22(Thu)
 

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プロフィール

Author:じんこ
ヒッポファミリークラブ東長崎(東京豊島区)木曜日を主催するフェロウ。
趣味は多言語と模様替え。
明治や昭和初期の家具たちが持っている存在感を愛おしみながら、その力を借りて家族5人、67㎡という決して広くないマンション生活を、流れる多言語と模様替えによって豊かにしています。

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