子どもたちの力

今年最後のヒッポの活動がありました。
食べ物や飲み物を持ち寄って、
いつもとはちょっと違うお楽しみファミリーです。

ファミリーとは。。。

老若男女が集ってまさに“大家族”のような集まりです。
年齢や性別を越えてコミュニケーションを取ると云っても、
世代が違うだけで、どちらかに合わせて会話が進むもの。
でもヒッポのファミリーと呼ばれる場は、
だいぶ違います。

3歳、4歳の子と話していても、
50代、60代の人と話していても、
おばさんやお姉さんやお母さんと云った立場ではなく、
私はみんなから愛情を込めて“じんこ”と呼ばれるように、
なんか人と人が平らで、
その人にはその人の“すごい”があって、
お互いに尊敬し合っているのです。

ちょっと説明するのは難しいのですが、
子ども時代にそんなふうに、人と接する経験ができているだけでも財産です。
お金は残せそうにありませんが、
人との出会いと、体験だけはたっぷり残せそうです。
それだけあれば、豊かに、そして自由に、人生を歩んで行けるだろうな。

なんの心配もありません。



食べ物や飲み物を持ち寄って・・・とありましたが、
受け入れをした時や、お茶会を開く時に
“1品持ち寄り”というスタイルをよくやります。
ご飯が重なることや、ケーキが重なることもありますが、
それもお楽しみです。


私は小さい頃、好き嫌いが多く、
母が作ったもの以外は食べない、めんどくさい子どもでした。
嫌いなモノを食べさせようなんて、
努力や工夫もしない母だったので、
私はそのことをたいして気にもしていませんでしたが、
おばあちゃんや親せきの家に行くと厄介でした。

何も口にしないのです。

女姉妹が多く明るい陽気な母でしたので、
久しぶりに実家に帰った時くらいは、
楽しく過ごしたかっただろうに、
私ったら、黙ったまま誰とも話さず、遊ばず、口にせず、
時々母の袖を引っ張っては、
小さな声で「お家に帰ろ」と云っていたのです。


陰気な子でした。笑


今はそんな話をしても誰も信じてくれませんが、
あの時は息苦しくて、本当に人と居ることが苦痛でした。
7歳の七五三では初めての着物を着せられ、
話さない、食べない、笑わない、の他に座らないも加わって、
一日で円形脱毛症。


どれもこれも苦い思い出と思っていたけど、
その時の“私”も今は愛おしいです。


そんな子ども時代の“私”と比べたら、
泣いたり笑ったり、毎日が楽しそうな子どもたち。

生まれた時から持ち寄りに慣れているせいか、
誰が作ったどんなモノでも、とりあえず食べる。
食べる・食べる・食べる・なんでも食べる。
食べてみたらなんでも美味しい~。
どこに居ても生きるたくましさを感じます。

あの時の私が見たら、みんな異星人にしか見えないな。。。



そんな小学生たちが、この日素晴らしいモノを見せてくれました。
構想から台本作成にかけた時間およそ30分!
練習なしの本番あり。
劇『赤ずきんちゃん』です。

1週間前に聞いた時は、普段会わないこのメンバーで、
しかも性格も個性も年齢もみんな違うのに、
練習なしでは無理でしょ~なんて心の中で思いました。

大人の想像力なんてそんなものです。
がしかし、恐るべし小学生たち。

時間前には集まって、影でリハーサル開始。

ナレーションと完ぺ持ちが一体となって、
繰り広げられた赤ずきんちゃんは、
それはそれはみごとな劇でした。

帰宅してから6年生の次女に、
「どうやったらあんなふうに出来たの?」
と聞いたら、
「それがさぁ~リハーサルの時は、ふざけたり恥ずかしがったりして
 ひどかったのに、みんな本番が凄かった」

小道具や完ぺ持ち、演技したみんなを褒め合って、
“あなたが凄かった~いえいえあなたの方こそ凄かった~”
みたいに、満足感いっぱいのようでした。
信頼する仲間の存在、
あたたかく見守ってくれる人たち、
そんな中で、一歩前に出る楽しさをまた一つ味わいました。




我が家は昨日から、韓国の青少年受け入れがスタートしました。
わずか10歳の子が初めてのホームステイです。

賑やかな我が家がさらに・・・どうなることかな~お楽しみに。











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2011-12-27(Tue)
 

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プロフィール

じんこ

Author:じんこ
ヒッポファミリークラブ東長崎(東京豊島区)木曜日を主催するフェロウ。
趣味は多言語と模様替え。
明治や昭和初期の家具たちが持っている存在感を愛おしみながら、その力を借りて家族5人、67㎡という決して広くないマンション生活を、流れる多言語と模様替えによって豊かにしています。

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