ことばと人~つづき~

15歳になる娘が高校留学を決めましたということは、
前にも書きましたが、まだ中学3年生です。
高校受験すら???という状況でした。
今はちょっと違います。
行きたい高校が決まり、

なぜ行きたいのか
そこで何がしたいのか
どんな自分になりたいのか

そんなことが見えてきました。

ほんの半月前までは「進路って何?」
そんな感じだったのに、
行きたい高校を探しながら、
自分が育ってきた環境を、
もしかして初めて意識したのかもしれません。


それは力強いことばでこう書かれていました。



小さいときから多言語がある環境の中で育ってきたことで、
どんな国の言葉でも、どんな人ともコミュニケーションがとれます。
そんな自分を生かした仕事に就きたいという夢があります。



ことばで人がつくいられていく・・・?



ことばで自分を表現することの難しさ・・・
私はほんの少し前に味わったばかりでした。


“公立高校交換留学プログラム”
高校生が一年間ホームステイをしながら、
海外の高校で勉強をし、単位を取得して日本に戻って来る。
この Yearlong Program を省略してイヤロンと呼んでいます。


娘がイヤロンに行くと決めた時、
受験は?勉強は?進路は? 
そんなことはこれっぽっちも考えませんでした。

自分で考えて自分でチャレンジしていく力を持っている。
そう信じられる私がいるだけでした。

勉強がすごくできるとか、
なんでも器用にこなせるとか、
自己表現が得意とか、

もしかしたらそんな子を想像するかもしれませんが、
そんな子ではありません。

手を焼かず、お金を掛けず、
ただ心豊かに育ててきた結果ですから、
背伸びすることはなく、そのままを受け止めています。




イヤロンを決めてから、
親子一緒に受ける面談がありました。
~ことばにする難しさ~
を味わったのはこの時でした。


少し緊張しながらも、始まった面談。
イヤロンに行きたい思いや、決意を
自分のことばで伝えていました。

「自分のいい所を10個以上云ってみて下さい」

少し間があってから、

「明るい・・・やさしい・・・」

自信なさげな声で3つ、4つ云ったら、
ことばに詰まっていました。

「ではお父さんのいい所は?」

「お母さんのいい所は?」

そんな質問が続きましたが、
どれも同じようにことばに詰まっていました。


30分ほどあった面談ですが、
最後は「お母さんから」と振られました。


ことばに出来ない娘の横で、
どんどんことばを失っていく自分がいました。

「私は、自分にないモノをたくさん持っている娘を、
人として尊敬しているし、誇りに思っています。
きっと娘のいい所を100は云えると思います。
でも今日ことばに出来ない娘を見ていて、
私たちが思っていることを、ことばで伝えていないんだって
ことがわかりました。」

そう云うのが精一杯でした。


面談の会場を出て、
どうしてなのかな?
涙があふれて仕方ありませんでした。



こんなに素敵な子なのに、
自分のいい所をこれっぽっちも表現しないんだ。



そのことにただ涙が溢れたのだと思います。




その夜夫と話しました。
今日の事は、私たちにとってとても大事な事だったねと。

娘に何が足りないわけでも、
なんでもありません。

面談に向かうという私たちの
“心の準備”がなかったんだと気づきました。

きちんと答えることや、
上手く話すことの準備ではない、

自分に向き合うこと、
親子で向き合う時間をもたなかったことに、
深く反省しました。


もしかしたら、
ことばにしながら自分を見つけていくことが、
イヤロン最大の準備なのかなって、この時思いました。

子どもだけではなく、
親として、夫婦として、ひとりの人間として、
“私”を見つけていくチャンスを、
もらったのだと思いました。


だんだん、私の涙は何だったのだろう・・・と思えるようになりました。




イヤロンの準備はスタートしたばかりですが、
娘が自分で決めて実行していることがあります。

そのきっかけは、ガイダンス(説明会)の中で、

「お家の中で、お手伝いを越えた仕事を持って下さい」
と云う話でした。

これは海外ではあたり前なこと。
これまでのホームステイでも経験してきましたが、
家の中で役割(仕事)を持つことは、
家族の一員として過ごす大切なことです。

でも普段の生活の中で、
洗濯物は取り込んで畳むし、
お風呂掃除はするし、
気が付けば台所にも立っているし、
私が留守をすれば、何でも引き受けてくれる。
そんなことが自然にできる娘なので、
私は今さら?くらいな受け止め方でした。

でもこれは“お手伝い”であって、
“仕事”というのは、責任あるものという意味でした。

最初から最後までを自分でやり、
やらなかったら家族が困ること。

・・・

そんなことできるのかな?
そう思っている私の横で、
娘は紙に書き出して、
みんなが見える所に貼りだしました。


・食器の片付け
・トイレ掃除
・日曜日の朝食づくり


「お母さん、トイレは綺麗だから1週間に一回でいいよね?」
と聞いてきました。

「誰かが綺麗にしてくれているからそう見えるんだよ。
 1週間やらなかったらどうなるのかな?」

「えぇ~そうだったかぁ~」
と云いながらトイレ掃除の前に書いてあった、
週1の文字を思いっきり消していました。




その日から、自分の事だけではないことを考えながら、
生活をするようになりました。

寝る前に、食器洗いのカゴに入っていたお皿を片づけて、
朝の作業がスムーズにいくように準備していたり、
試験前、深夜まで勉強をしていたかと思ったら、
洗いものを済ませてから眠りに着いたり・・・

「なんか食器に追われている感じ」

と笑いながら台所に立ってる姿に、
イヤロンを終えて帰国してきた高校生(イヤロン生)を
思い浮かべていました。


彼らは、誰もが自信に満ちた表情で、
堂々と自分の体験を語り、
自分が過ごした国や家族を誇りに思い、
そして自分の体験を何よりも誇りに思っています。
その全てが最高に“格好いい”のです。

次につづく青少年たちは、その姿に憧れ、
自分を重ねていくのでしょう。



でも、私は今まで何を見てきたのかな?
結果だけを見たりしてなかったかな?



イヤロンは、海外で生活してきたから成長してくるのではなく、
行く前にこうやって、成長して行くものなんだと思いました。
自分に足りないものを見つけ、なりたい自分に近づいて行く。
その土台があるから、やり切ってくるんだ。

スゴイな~。




ガイダンスで、もうひとつ私の心に残ったことがありました。



留学はヒッポに限らず、いろんな団体があります。
1年の留学と簡単に云っても、
ことばも文化も違う中で生活し、勉強をしてくるのですから、
それはそれは私たちの想像を、遥かに越えた過酷な1年だと思います。

他団体の途中帰国率は20~30%
多い団体では40%近くの途中帰国生がいるという、
現実には驚くものがありました。
しかし、ヒッポではわずか1~2%の帰国率であるということ。
そこには何があるのでしょう?

学業が優秀であったり、学校選抜であったり、
選ばれた人たちが行くのが普通の留学でしょうか。
それは海外でトラブルがないように、
学業の遅れがないように、
途中帰国になる要因が、少しでもないように、
人を選ぶのだと思います。


人を選ばないということ、
誰にでもチャンスがあるということ、
ヒッポはずっとこれだけを大切にしてきました。


ひとりでは無理だから、
人とやる、人とつながっていく。
人の中で変化していくことで、
自分を認め、自信と強さを手に入れていく。

特別ではない子どもたちのバックグラウンドが、
我が子を通して見えたようでした。



ことばでどんな世界を見つけていくのかな。
そしてどんな自分になって行くのかな。



まだ準備のスタートを切ったばかりです。








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2011-11-29(Tue)
 

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9月、娘の誕生日に「11歳の茉那に贈る、30の良い所」を贈りました。
私は日ごろ、明日死んでしまっても後悔しないように、大切なことはきちんと言葉にしようと思っています。(思っている半分も出来てないけど…)

でも100か~30じゃまだまだだね
イヤロン準備までに、爪の先から髪の先まで良い所探さなきゃ

2011-12-01 00:20 | ふみちゃん | URL   [ 編集 ]

ふみちゃんのプレゼント素敵だね。
私も書きとめてみようかな~。
思ってるだけじゃなくね。ありがとう。
2011-12-01 10:35 |  | URL   [ 編集 ]

プロフィール

じんこ

Author:じんこ
ヒッポファミリークラブ東長崎(東京豊島区)木曜日を主催するフェロウ。
趣味は多言語と模様替え。
明治や昭和初期の家具たちが持っている存在感を愛おしみながら、その力を借りて家族5人、67㎡という決して広くないマンション生活を、流れる多言語と模様替えによって豊かにしています。

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