片づけからはじまる

久しぶりに英語を流しています。

娘は今でもアメリカの家族や友達とメールのやり取りが続いています。
自分が表現したいことも、こんな感じかなって云いながら、
パパっと書きこんでる姿がうらやましいです。
以前は、そのことばや文法が間違っているか?なんてことを考えずに、
書いていたけど、最近はこう書こうかな?それともこれのほうがいいか?
などぶつぶつ云いながら書いているので、
文字での表現も広がっているんだなって思います。

私はというと、本当に年に数回のやり取りをしているだけ。。。
もともとが筆不精っていうこともありますが、
娘と私の違いは明らかです。

以前にも書きましたが、私は学生の頃英語が苦手でした。
中学校、高校、大学とずっとその教科に足を引っ張られていました。
こんなに長く学んだのに、私に植えつけられてしまったことは、
“英語がわからない”という自信です。
なんと残念な経験でしょう。。。

でも娘たちにはその“ことばの垣根”がまったくありません。

勉強しなかったこと
教えてもらわなかったこと
間違いを直されなかったこと
受け止める人がいたこと
いつも褒められていたこと

振り返ったら、
幼児がことばを獲得していく時に必要な、
大切な要素だけがありました。

私は子育てしながら、同時に自然な形で複数の言語=多言語を
習得するということに、成功してしまったのです。

子どもたちには、
ことばの壁もなければ、
国の壁もありません。

目の前の“人”がどんなことばを話すのか、
海を渡った時、どんなことばを話す“人”に出会うのか、
ことばを見つけ続け、人に出会い続ける、
ただそんな世界を、伸び伸びと生きているだけ。

もちろん私の中にある残念な経験は、いまでも負の財産として残っています。
でもだからこそ“自然な形で”と見つけ続けることが出来たのかもしれません。



これまでベットにテーブル、食器棚と数え切れないくらい
いろんな生活道具をつくってきた夫ですが、
思いもよらない“ピンポ~ン”から新作が生まれました。

マンションの消防の点検が一斉にあったある日、
そのことをまったく忘れていて、ベランダに置いてあった物を、
“ピンポ~ン”と同時に
慌ててどかさなくてはなりませんでした。

我が家からあふれた物を、物置代わりにベランダに置いていたわけですから、
それを点検の人に見られてしまっては、なんとも・・・という心境でした。
極めつけは
「上の住人の方が避難できなくなりますから、ここに物を置かないで下さい」
と厳重注意を受け、上の階に住んでいるのはお友だち、
お友だちが助からなかったらそれは大変。。。
とすこぶる反省をし、ベランダに適当にあった植物たちを整備し、荷物も移動。

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見て見ぬ振りをしていた、自慢も出来ないベランダが、
気持ちのいい空間になりました。
何よりも物がないと洗濯物が干しやすい、
というあたり前のことに感動してます。

ベランダの隅に役割もなく置いてあった木製の台。
「これももういらないね」と云いながら処分しようとしましたが、
夫のつくったモノにはいろいろ思いでもあります。

ここに引っ越して来る前は、私たちは小さなアパートに住んでいました。
6畳と4畳半と小さな台所、土いじりが出来るくらいの庭には、
大きな木が3本植わっていて、その中でも柳の枝ぶりはすごかったです。
切っても切ってもすぐに枝が伸びて、
風が吹くとサワサワ~っと心地よい音が流れていました。

“今しか出来ない生活をしよう”

そんなテーマがあって選んだ古いアパートでした。

実はその前は、会社の借り上げた社宅に住んでいました。
文京区の一等地に建つ低層マンションで、100㎡を越える広さでした。
どんな感じかと云ったら、家の中で「ヤッホー」と
云いたくなるような広々とした空間でした。

みんな転勤族なのでいつかは離ればなれですが、
家を行き来するほど、みんな仲良しなマンションでした。

2、3年は住んだのかな?
はたと夫婦で話したのです。

今の住まいは借り住まい、
将来こんなところで、こんな大きな住まいを持てるわけもなく、
“人間て今ある暮らしから、それ以上は望んでも、それ以下に戻れなくなるよね”
そんな夫のひと言から


“そうだ!引っ越そう”


と発想の転換があったのです。

30代になって、普通なら自分の家でも買おうかと考えるところが、
そんな発想、当時はまったくありませんでした。


今しか出来ない暮らし・・・


ただただこの響きにわくわくしました。

あの頃の文京区は、みんなあたり前のように幼稚園受験をしているような環境でした。
そんなことは、私の生活とはまったく関係のないところにありましたが、
生まれたばかりの次女を抱き、まだ幼稚園前だった長女の手を引きながら、
毎日のように物件探しをしていました。

不動産屋さんで私が出した条件は、

家賃が安いこと
出来るだけ建物が古いこと

これだけです。
でもこれをクリアーする物件がなかなか出てこない。
「どんな物件をお探しか具体的に云って下さい」
と聞かれれば、
「窓は木枠で、柱は飴色で、お風呂はなくても構いません」
こんな答えをするのですから、
不動産屋のお兄ちゃんは

「・・・」

こんな感じでした。
気を取り直してお兄さん、
「そんな物件はありませんよ。みんな今の時代サッシですから」
ときっぱり答えてくれたものの、木枠の窓どころか、どこへ行っても
小さい子どもが一緒に入居出来るようなアパートは見つかりませんでした。

それでもあきらめず、わけのわからない注文を出し続け、
やっと出会た物件でした。

2階建のアパートで、縁側があって、庭には木戸が付いていて、
トイレは和式。白と水色の小さいタイルが千鳥格子になって可愛かったです。
お風呂は付いていました。
洗濯機はもちろん外です。
台所は私がひとり立つといっぱいでした。
流しとガス台はあるのですが、調理するようなスペースはありません。
狭くても、知恵とアイディアがあれば面白く生活出来ました。

木造のアパートは、上からも横からも声も足音も丸聞こえでした。
お隣からは楽しそうな関西弁で話す親子の会話が聞こえ、
上からは夜遅くなると男の人の声が聞こえてきました。
なんだか関係ないのに、人の気配を感じる、
まるで共同生活を送っているような感覚でした。
外に出れば近所の子どもたちと、日が暮れるまで地べたを駆け回り、
地に足をつけて生活しているような感じがしていました。
私たちの想像した“今しか出来ない暮らし”を満喫していたわけです。


今回壊そうとした台は、そのアパート時代に食洗機を置く台にしていたモノ。
しばらく眺めて、壊すのももったいないので、
鍋置きにつくり変えてもらうことにしました。
ベランダの隅で邪魔にされていたのに、生まれ変わって立派になりました。

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もちろん夫の作業スペースは“どこでも”という感じなので、
部屋の中は木くずでいっぱいです。

本当にまったく気にせず作業をしますが、
あっというまに片づけてしまうのであっぱれです。

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サラリーマンにしておくのはもったいないな~と本気で思っている私です。笑





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2011-08-31(Wed)
 

旅のつづき

私たちが1日遠出したところは、
静岡県の遠州エリアと言われるところでした。
なんの下調べもせずに出かけてしまったので、
そんなことに気づいたのも、帰りの岐路に発つころ。


吉行淳之介文学館を後にして、
どこまでも続く茶畑を、気持ちよく走りながら、
さてお昼ご飯でも食べようと思っても、本当に何もない。

「最初に出会ったお店で食べるよ」
ちょっとドキドキするような夫のひと言。

こんなことってあるかしら?
なにやら素敵なお店が・・・
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山の中にある古い日本家屋で、派手な看板もない、
どうやってここに人がやって来るのか?というところでした。
がしかし、今日は予約の方のみで、
お蕎麦屋さんだったのか日本料理のお店だったのよくかわかりませんが、
残念ながらここで食べることは出来ませんでした。

旅って面白いな~。

次こそは・・・と期待しながら車を走らせましたが、
結局たどり着いたのはラーメン屋さんでした。

お店を探してる途中には、ヤギモク銘木一品市場キコラという、
家具や材木を扱っているお店にも立ち寄りました。

道草も楽しいものです。
そのおかげでその土地のマップをゲットしました。
やっと自分たちがいる位置がわかりました。

次に訪れたところは、大井川鉄道金谷駅のそばにある、
金谷坂石畳。
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ここは旧東海道石畳と言われ、
江戸時代、幕府の命により近郷の人々が
東海道に“すべり止め”として山石を敷きつめたもの。
なんだかまた素敵なところへ来てしまったと思ったら、
入口に茶店が。。。

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中に入ってみると、こんなにくつろげる空間が。
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味噌田楽。
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氷いちご。
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クリーム白玉。
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この空間で食べるから、また格別に美味しかったです。

茶店の入り口には椿がありました。
こんなに大きな実をつけていました。
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実は私、椿油を愛用して10年。
どんな使い方をするかというと、
少し湿らせた髪の毛に1,2滴の椿油を手のひらでなじませれば、
ヘアセット完了。
これが私の髪には最高にいいのです。

ショートヘアなので、ワックスやムースも使ったことがありますが、
何かを頭に付けている感じが、ど~~~しても気持ちが悪く、
いろいろ試しましたが、椿油に納まりました。
安いものではありませんが、肌の保護にも使えて、
100%天然の素材なので安心です。
最近はあんず油も試しています。
使いかたは椿油と一緒。あんずはほのかに甘い香りがします。

さて腹ごしらえも終えて、石畳を歩くことに。
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誰もいません。
ずっと坂道です。
子どもたちはあっという間に見えなくなってしまいました。
丸くて大きな石が敷きつめられているのですが、
歩きやすいというものではありませんでした。

少し上ると地蔵尊が・・・
その名も“すべらず地蔵尊”
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我が家の長女は今年受験生。
みんなで手を合わせて来ました。
ご利益があるといいな。

ここでなるほど~。
この石は坂道を歩く時の、地滑り防止に敷きつめられたもの。
確かに急な坂道にもかかわらず、この石は滑らなかったです。
上まで上りました。
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その先を歩くと、ちょっと素敵なコーヒー屋さん。
こんなところに人が来るのかな?と思っていたら、
やっと人に出会いました。
コーヒー豆を買ったおじさんが中から出て来ました。
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その先には諏訪原城跡がありました。
本当に誰もいないところです。
お城といっても“跡”なので、何もないのです。
この森のように見える向こうがお城があった場所です。
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これは一番外側にあったお壕です。
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小学生の頃、こんな森を抜けて学校に通っていた時がありました。
私は引っ越しで小学校を4回も転校しているので、
学校へ行く道のりが、畑の時もあれば、茶畑の時もありました。
志村けんさんの実家がすぐそばの時は、
サインをもらいに行きました。
ピンポ~ンと鳴らしたら、お母様が出ていらして
「けんちゃ~ん、お客さんよ~」と玄関口で志村けんさんが呼ばれていました。
なんだかいい時代でした。
でも志村けんさんは全盛期でした。

お城があったであろう場所からは民の生活が見えました。笑
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ここで『ボッボ~~』という汽笛の音が鳴り響きました。
大井川鉄道と言えばSLです。
子どもたちは生SLを見たくて、あの石畳を駆け下りて行きました。
本当に滑らない石でほっとしました。
やっぱりご利益ありそうだな~。

SLの運転手さんは素敵なお兄さんでした。
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最後に“さがら子生まれ温泉”に入って来ました。
とてもいいお湯でしたが、こんな年になって
また子どもができたらどうしようと、ちょっと心配になりました。ぷぷっ。

心配した雨は一日降りませんでした。
今回の旅は、大きな目的もないまま車で出かけた旅でしたが、
どこへ行っても、心に響く出会いがあり、感動がありました。

“誰もいない”を連発しましたが、
本当に行く先々人の姿がなく、
こんな素敵な場所なのに、こんなことってあるんだな~って思いました。

今回も大満足な旅でした。


帰り道、不覚にもまたもや爆睡してしまいました。
夫に「ごめんね」と言ったら、
「予定通りです」と返事が返って来ました。




さてさて、次回は夫の新作でも紹介しましょうか。
とっても素敵なモノを製作してくれました。






2011-08-26(Fri)
 

吉行淳之介文学館へ

ねむの木こども美術館を後にして、吉行淳之介文学館へ。
どうしてこんなところに文学館があるのか、
それは中に入ってからわかりました。

朝ラジオ体操をした場所はこの建物の向かい側です。
白鳥がよく見えます。
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山をバックに本当に綺麗な、そして静かなところです。
こんな木もありました。
蝉の抜け殻がこの木にはびっしりくっついていました。
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まっ白い壁と瓦が印象的な建物です。
お庭から見た感じ。
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入口です。
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実は私、吉行淳之介さんの作品はひとつも読んだことがありません。
NHKの連続テレビ小説『あぐり』で、
主人公だったあぐりはお母様だということ、
妹さんは女優の吉行和子さんということだけ知っていました。

でもなぜか“かっこいい方”という印象だけはありました。

吉行淳之介さんです。
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ねむの木こども美術館と共通券を買っていましたので、
半券を見せて中へ。

扉が開くと靴を脱いで入るようになっていました。
誰もいません。
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吉行淳之介さんは芥川賞受賞作家。
どうしてこのねむの木村に、この建物があるのかわかりました。

吉行淳之介さんはご結婚されていたけど、
33歳の時に宮城まりこさんと出会ったのです。
まりこさんに宛てた手紙が何通も展示されていました。
きっといろんなことがあったのでしょう。
70歳で亡くなるまで一緒に過ごしていました。

まりこさんは彼から言われた
「最後まで、投げ出さずやるんだよ」
このことばを支えに、がんばっています。

“最後まで投げ出さず”

私の心に響きました。

ヒッポの前身は、子どもにネイティブな音で
英語を教えていくというグループでした。
今から40年以上前にスタートさせているのですから、
画期的だったかもしれません。

でもヒッポは多言語で自然にことばを習得していくという道を選んで
30年歩んできました。
なぜ“教える”という表現ではなく“歩んで”なのかというと、
先生はいないからです。

不思議だと思いませんか?
日本では義務教育から始まって、何年も英語を勉強しているのに、
“話せるよ”
自信をもってそう言える人はどれくらいいるのでしょう。

私も中学、高校と赤点ばかり取って、
先生に「お願いだからもう少し点数を取って下さい」
と懇願されていました。
今でも文法はよくわかりません。

どこの国に生まれた赤ちゃんも、
はじまりは『オギャ~』と産声を上げてこの世の中に出てくるのです。
段々に、そして自然に、自分のまわりで話されていることばを
家族の中で、お友だちの中で、たくさんの人の中で育てていくのです。
落ちこぼれてしまう人なんて誰もいないことば、
それが母語です。

人間にとってとても自然なプロセスで育つ母語。

日本語以外知らなかった私が、
英語にすら興味がなかった私が、

人間らしいことばの世界に惹かれたのです。
子どもたちを育てながらの14年は、見つけていくことばかりでした。

教えてもらったことばは育たなかったのに、
見つけていくことばは私の宝物です。
話せるか?話せないか?
そんなことを思う前に話している自分がいること、
子どもたちがいること、
その事実が“歩んで”きた道のりにあります。

“最後まで投げ出さず”

私もやっていこう。



中庭です。
綺麗に手入れされています。
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吉行淳之介さんの机にはお抹茶が供えてありました。
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お茶室もあります。
時々ねむの木学園の生徒さんがお茶を点てて下さるそうです。
この日はありませんでした。
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ここは吉行淳之介さんが暮らしていたところなのかな?
そんなことを思わせる落ち着いた空間でした。


あてもなかったこの旅、まだまだつづきます。






2011-08-25(Thu)
 

ねむの木こども美術館に行きました

長い夏休みと思っても、家族がみんなが空いている日は
たったの1日しかありませんでした。
“どこかへ行こうね”
決まっていたのはそれだけ。
たった1日なら移動時間を夜中にして、翌日をまるまる遊べるように。

車は借りましたが、行く先が出発予定時刻になってもまだ決まらない。
あまよくあることですが。。。
天気予報もまたもや雨。

どこに行く~と決まらないことにじたばたしているのは私だけ。
なぜ・・・?

きっとみんなはどこでもいいのです。
なんの欲もない人々です。

車に荷物も運びいれ、よし決めました!

静岡県の掛川にある『ねむの木こども美術館』へ出発です。
どうしてこうなったのかは・・・よくわかりません。

助手席に座っておきながら、毎度のことですが・・・私
爆睡です。
運転手さんに申し訳ない。

朝6時目的地に着きました。
な~~~んにもない贅沢なところでした。

曇ってはいるものの雨には降られず。
夫と子どもは、車から降りるとなにやらスタンバイ。

ラジオから聴こえたのは・・・
♪あ~た~らしい 朝がきた きぼ~をの 朝だ~♪
と山肌に向かって大熱唱。

そしてあの耳慣れた
♪チャ~ンチャカ チャカチャカ~♪
とラジオ体操を、基本通りに踊りだしたのです。
習慣とは恐ろしい。

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若干、毎朝踊ってない1名は不まじめです。
後の3人は大まじめ。
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車を止めたところは吉行淳之介文学館前。
ものすごくカッコイイ建物でした。


そして目の前には農業用の大きな池。
そこには白鳥が暮らしていました。
パンをあげてみるとものすごい食欲。
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美術館がオープンするのは10時。
まだまだです。
私たちも静かな山の中で、のんびりと朝食を済ませました。
すると1台の車が止まり、ねむの木の学園の職員の方が降りて来ました。

あの白鳥は、ねむの木学園で育てていることがわかりました。
朝と晩2回食事をあげに来ているそうです。
さっそく子どもたち仲良くなり、
白鳥の事、山の事、自然の事、いろんなこと聞いていました。

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まだまだ時間があるので山の中を散策。
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銀杏の実がいっぱい。
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ねむの木子ども美術館は、ねむの木村の山の上の方にあります。
ねむの木村には可愛いお店があります。
まだ開いていません。
ガラス屋さんです。
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毛糸屋さんです。
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他にも雑貨屋さんがありました。


時間になりましたので、ねむの木こども美術館に向かいました。
どんぐりの頭のような姿が現れました。

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ねむの木こども美術館です。
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どうしてここを選んだのか・・・。
ここへ来れて良かった~そんな思いが湧いてきました。
まだ中に入っていないのに、そのたたずまいに感動でした。

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このアプローチを抜け、2階の入り口から入ります。
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ねむの木学園をつくられた宮城まりこさんのことは
ずっと前から知っていました。
でも時々映像で姿を見ただけで、どんな方なのかは知りませんでした。
ただ我が家には、毎年届くカレンダーがあり、
そこには、ねむの木学園の子どもたちが描いた絵がありました。

私はよっぽででなければ、人の描いた絵は飾りません。
子どもたちが、自分の世界の中で描いた絵は時々飾ります。
私には描けない“何か”を感じるからです。

次女が4歳の時に広告の裏に描いた絵。
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このカレンダーにもずっと何かを感じていました。
気づけば10年ずっと飾っていました。
ここに来れたのは、何か引き合わせるものがあったのでしょう。


本物の絵が圧倒的な存在でそこにありました。


まりこさんのメッセージです。

子どもの絵は国境を越え、人種を越え、
果てしない可能性に向かって、
素晴らしいイマジネーションで描かれています。
世界中の人々に言葉もなく呼びかけ、
話しあえるのは絵。
心身に障害をもつ子どもたちの
この美しい絵を
子どもが無限の可能性を秘めていると
信じている大人たちへのメッセージとして、
あなたに祈りを込めて紹介します。


私はことばではなく、涙しかでませんでした。

美しい線
美しい色

見たことのない構図で描かれた
人、物、心

どんぐりのようなあの建物の中は、
ねむの木学園の子どもたちの体の中に入ったようでした。

子どもたちはどんなことを感じていたのかな・・・。


画集を買いました。
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まりこさんが書かれたいろんな本もありました。
少しまりこさんのことがわかりました。


さて次は吉行淳之介文学館に向かいましょう。つづく


2011-08-22(Mon)
 

模様替えをしました!

今流れているのはイタリア語。
イタリア語はスペイン語によく似ているから、
耳を澄ましていると、意味までわかっていく感じが面白い。

こんなにわかっているの!?

という自分にビックリしながら、
この“わかる”という感覚が=ベラベラに話すということとは少し違うようです。

この夏、私の小さな街からも台湾、韓国、メキシコ、ドイツ・・・と、
ずいぶんいろんな国へ青少年たちを送り出しました。

人前で声を出すのも恥ずかしがっていた子
自信がなくて家族から離れられない子
遊びまわって落ち着きのない子
どの子も愛すべき個性を持った子どもたちです。
どんな子もたくさんの仲間から、愛情をいっぱいかけてもらって成長して来ました。

愛情をかけるということは、
ベタベタすることでも、手をやくことでも、
やたら褒めまくるということでもありません。



同じ空間に居ること
同じものを見ること
誰かの話しに、一緒に耳を傾けること
笑顔で居ること
気にかけること



その中で子どもたちは、本当に伸び伸びと育って行きます。
自分を信じられるようになり、相手を信じるようになります。
難しいことではなく、信頼関係を築くということです。


そんな子どもたちが、泣いたり笑ったりしながら、
自分の力だけでホームステイをやり切って来るのです。
そして、自分を受け入れてくれたその国の人たちを、

“私の家族”
“僕の家族”

とみんなにたくさんの写真を見せながら話してくれるのです。
それだけで胸がいっぱいになります。


どの子も口をそろえて言うことがあります。
「ことばには困らなかったよ」

・・・

はじめは思うようにはその国のことばは話せないけど、
みんなの話していることはだいたいわかる。
だいたいわかるから、答えることが出来る。
答えながらその国のことばになって行く。
ここまで来れば、気分はベラベラです。

こうやって子どもたちは生きてきたんだな~。


この“だいたいわかる”という不確かな感覚が、
ことばの想像力の原点であり、
ことばを育てるもっとも大切な土台なのかもしれない。

外側から見ていたら、気づかない現象も、
自分の“わかる”という体験に重ねてみたら、
実感を持ってわかって来た。

わかるってことはスゴイこと!!



さて、お盆に入ったといっても、夫はまだ休暇にならず。
下の娘たちはおばあちゃんのところへ短いお泊り。
長女は図書館へ。
私のやることといったら模様替え。

家具を動かすことは,なんて事のないこと。
でも引き出しの整理や、奥に何が入っているんだかわからない棚をひっくり返すことは、
本当~~~に勇気がいること。

実は私、
すき間があればなんでもそこに物を押し込みたくなる習性があるのです。
そしてそのすき間には、何が押し込まれたのか記憶を辿ってもよくわからないのです。

片づけなければならないことはよ~くわかっているのだけれど、
それが難しい。
できればいじりたくない。

そんな葛藤がありましたが、整理ダンスが収まっているクローゼットの中身を
全て引っ張り出しました。
少し前に洗面台の下を片づけたら、ゴミ袋がいっぱいになるくらい、
処分するものが出てきましたが、今回はゴミ袋3つ分!

人間とはゴミと生活しているんでしょうか。。。

見えないところもやってしまえば気分スッキリです。
でもこの作業に一日かかってしまいました。

家具を動かすことはあっという間です。

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子どもたちの部屋の入口

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私の机はよく陽が当たるところへ。

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2011-08-16(Tue)
 

好きな言語は?

我が家の多言語環境は、特に何語と限定することなく、
いろんな言語が聴こえてくる状況です。
21ヶ国語の音楽やストーリーがありますが、
ちょっと聴こえた音だけで、何語かわかる自分を分析してみると、

ことば=音声の波なのだってことが見えてきます。

音楽にリズムやメロディーがあるように、
ことばにもリズムやメロディーがあるのです。

だから決して言語が混ざってしまうことなんかないのです。
音楽を聞き分けることができるように、
言語も聞き分ける能力を人間は持っているのです。

自分の体を通してそんなことが見つけられるなんて面白いです。

先日、音声の実験をしている大学生に、
「好きな言語は?」と聞かれました。
私は「ん~~~・・・」とうなったきり、すぐには答えられなかったのです。

なぜかな?って考えみたけれど、
私はどんな言語も好き。
それ以外はないんだなって思いました。



さてさて、子どもたちは夏休み。
でもなぜか私にとってもわくわくする夏休み。

我が家は夏休みになって、とにかく人の出入りが多いです。
誰にも会いたくないな~という時だって私にもありますが、
今は出入り自由といった感じ。

お昼になればご飯を食べ、夜になるとまたご飯。
家族以外の人が居る毎日。

大勢で食べるご飯は楽しくって美味しいです。

誰かのために作るご飯だから、それだけで美味しくなるのでしょう。
いや?誰かと食べるから美味しくなるのかな。
どちらにしても“人”がなにか特別な作用を起こしているようです。

私は料理をすることが好きです。
でも、本当~に好きなのかな?
そんなふに思う時があります。

本当はめんどくさいって思ってるのかも?

でも我が家には、私の作ったご飯を
「おいしい!おいしい!」と云って、
それはそれは美味しそ~に食べる子どもたちがいます。

どんなものでもこのことばを聞かない日はありません。

そのことばが嬉しくって、
どんなに忙しい時でも手をかけて作る。
「おいしい~」と言われる。
そのことばに満足感いっぱいになる。

嬉しい連鎖がずっと続いて行くのです。
これはスゴイ。

実は私の模様替えも、この連鎖が働いているんだってことに気づきました。

私が模様替えをする頻度は半端なものではありません。
今だって家具を動かしている最中です。ぷっ。

人間の体って、頭で考えなくても置いてある位置を体が覚えているんですよね。
だから箪笥なんて動かすと、体が元あった所に動いてしまう、
そんな経験は誰にでもあることだと思います。

我が家は、体が覚えたころにはまた動かされている。
その繰り返しですから「もぉぉ~」なんて声が聞こえてもいいのに、
模様替えをする度にみんな大喜び。

「今までの中でこれが一番いいね!」

決まってこの賛辞です。

私の勝手な趣味って思っていたけど、
みんなの驚く顔が見たくて
喜ぶ顔が見たくて
やってしまうんだな~~。

何をやっても褒められる私。
褒められるからまたがんばる。
やる気の連鎖が続きます。

ん?

親と子が逆転してる!?





2011-08-01(Mon)
 
プロフィール

じんこ

Author:じんこ
ヒッポファミリークラブ東長崎(東京豊島区)木曜日を主催するフェロウ。
趣味は多言語と模様替え。
明治や昭和初期の家具たちが持っている存在感を愛おしみながら、その力を借りて家族5人、67㎡という決して広くないマンション生活を、流れる多言語と模様替えによって豊かにしています。

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